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父娘(おやこ) [エッセイ]

あれは、再就活を始めて間もない頃だった・・・


歯車の噛み合わない状況に
心身共に疲れ切ったバイト先からの帰路・・・
足取りは重い。
 

 
いつものように藤代から常磐線を利用するのだが、
新松戸で武蔵野線に乗り換えるので
我孫子か柏で各駅停車を待たねばならない。

 
短い乗車区間での乗り換えは、煩わしいものだ。
ましてや最悪の精神状態では尚更である・・・

 

その日は我孫子駅で下車、既に乗り換えホームには
始発が停車中で発車時刻を待っていた。
 
 

時間的に上り方面の車内はガラガラ・・・
 
ドア付近に腰を下ろして程なく、
幼い女の子を連れたお父さんが乗車し私の斜め前に座った。

二歳くらいだろうか・・・
女の子はお父さんの右脇にお行儀良く鎮座している。

ドアが締まり電車が動き始めて間もなく、
女の子はお父さんに何かをねだる・・・

ねだると言っても駄々をこねる様子ではなく、
眼と眼で交わすサインのような仕草。

お父さんは微笑みながら手提げを渡した。
大切な物なのだろう、それはそれは小さな手提げである・・・

女の子は満面の笑みで手提げから紙袋を取りだした。

手提げを脇に置き、両手に余る程の紙袋を
可愛らしく掴んだと思われた瞬間、
床に向かって勢いよく何かが飛び出していった・・・

いや飛び出したのではない、落ちたのだ・・・

「ありゃ・・・!」

私は心の中で叫んだ・・・

何が落ちたのか?

その正体は・・・

丸々と太った活きの良い”鯛焼き”

IMG_9935.JPG


道中の慰みに母親が持たせた物か、あるいは祖父母の気遣いか、
いずれにしても皆の心とは裏腹に、
こやつは不幸者に成り果てた・・・

 

お父さんは苦笑いしながら不幸者を拾いあげ、
元の紙袋に納めると自分の鞄に押し込んだ。

女の子は子細を飲み込むまで少し間があったのだが、
そうと分かると表情がみるみる曇り、
堪えきれぬと見えてお父さんの胸にすがりついた。
 
そしてついには涙が・・・・・・

 
 
幼子の瞳からではない、
不良中年の濁った眼(まなこ)からである。

 
 
声こそ必死に抑えたが
それこそ、はらはらと落涙してしまった・・・

 
 
何がそうさせたのか・・・

時として人は抑えきれない感情に包み込まれる事がある・・・
 
懐かしさ、あるいは憧憬なのか・・・

 
 
心が清み、時が穏やかに流れゆく・・・
 

「間もなく新松戸に到着です、武蔵野線は・・・」

無粋な車内放送が私を現実世界に戻した・・・

降り立ったホームは普段と変わらず褪めている・・・

だが、私の心には僅かながらも
明日への光が差し始めたようだ・・・
 

「感謝と別れの挨拶を!」
 

されど振り向いた車窓は既に動き始め、
二人の姿を見いだす事は出来ない・・・

優しそうなお父さん、
今日の出来事をいつか娘に話す事があるのだろうか・・・

いついつまでも変わらぬ父娘でいたならば・・・
 
三つ指付く前の晩、
静かに語ってくれまいか・・・

そんな物語を勝手に思い描きながら、
乗り換えホームへの階段を足早に駆け上がった・・・


タグ:嫁ぐ日
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親知らず

父親が皆そういう思いを持っていると思いたい。
思いたいが、しかし・・・。
鯛焼きの絵、良いですね。
by 親知らず (2013-01-30 00:31) 

パウロ

人にはBと言うが
心の中ではE
戦士の休息


by パウロ (2013-01-30 09:24) 

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